母校の大学でも情報の教員養成コースができているけど、実際にどれだけの人が本気で受けているのかな?分からんけど、それこそ「おまけ」程度と考えているのが現状じゃないのかと思う。現状を見る限り、母校の大学から「情報」という言葉が消えても、さして不思議ではなかったりする。
兼宗: どうして情報だけほかの教科の免許も必要とされるんでしょうか。
辰己: 教科「情報」は将来、なくなるんじゃないかという懸念を教育委員会がぬぐい去れないでいることも一因だと思います。我々としては学生にしっかり勉強させて、教員免許を出すように頑張っているんですけれども、せっかく取った学生が入り口ではねられてしまうことは非常に残念です。
「情報」の教員免許だけではなぜ先生になれない?—「情報」未履修問題を考える(2)より
なぜ、教育委員会の「お偉方」が、「情報」という教科が無くなる心配をしているかと言えば、「学問」として「情報」が認知されていないから、というのが僕の意見。もっと言えば、学問と言えるほど「体系づけられていない」と受け止められている、とも言えると思います。
これからの時代に「情報」という「流しそうめん」を、いかにして「うまくすくうか」という技術が求めらる中、教育現場がこれではどうにもならない。そんな感じがしますね。
3 Comments
久しぶりやね。。。
高2で、セクハラ??紛いの物理教師T氏のクラスだったSといいます。
shiten氏の言うことも一因として考えられますよね。わざわざ、情報の教員免許を鼓舞して、教員になろうという学生も少ないと思いますから。
個人的意見を付記すれば、
昨年、題材的に取り上げられた未履修問題で「情報」も多くの学校で履修の実体がないという自体でしたね。
知人に聞くと情報を受けてないという大学生も近場に存在したりしてるけど…
母校の朝日は、数学教師のF氏が教鞭をとる姿が、同窓会のサイトに表示されていました。。。
話は、少し逸れたけど今の高校において、「情報」を誰が担当しているかというと、実際のところは、情報専任の教師が担当しているケースは少ないと思われます。
所見ですが、普通科(進学校)高校においては、他の国語・数学等と比較して、専門性や重要性がそこに問われているか否か?と考えられます。
情報といいつつ、単にHPの開き方とかoffice系のソフトの簡単な使用程度であれば、そこまで専任の教員の必要性が感じられないと思います。
もちろん、C言語とかVBA等までカリキュラム上に設定してあれば、専任の教員は必要となるでしょうが。
こういった内容まで、到底高校レベルで習得させるのは、困難であると思われます。
それに、カリキュラム上どうしても進学校であれば、中高一貫なら可能かもしれないけど、せいぜい高1で週1限やっていれば、いいほうだと思います。そんな状態で、専任教員が、いるのかという点が1点。
その他の商業・工業系の学校などにおいてであっても同様のことは、言えると思います。
もちろん、普通科高校と比較すれば、多少は技術の取得という点では、それなりに専門性を要求する可能性も考えられますが、こういった高校でも、当然、化学や数学といった科目を履修しているでしょう。
その際に、大学全入時代が到来し、少子化のあおりもあって、生徒数が減少している中では、1教員あたりの生徒の負担数が、自分たちの高校時代よりも現在には、減ってきているし、そう考えれば、1つの高校における教員の絶対数がそこまで必要とされるのかと思えます。
そういった意味で、専任教員を雇うよりも、既存の教員で賄えるなら、兼任させたほうが、同じ給料でできるのではないか?という点が1点。
長々となりましたが、最後の1点とすれば、学生集めの為に進学過多に偏って実績を残そうとするあまり、受験科目に特化したカリで、「情報」という科目をやらないのであれば、廃止すべきという声が出ているのではないかと考えますね。
既に、そういった傾向が今回の未履修問題に現れているのではないかと考えられます。
多少、言っている論点が大きくずれていますが、その点に関してはあしからず。。。
コメントありがとう。一瞬誰かと思ったけど、分かりました。井○氏のブログで時々見かけてたね。>prosecutorという名前
まだ、本州最西端の県だっけ?
専門的な「情報」ってのを、いかに定義づけるかによるよね。もちろん、パソコン操作から、プログラミングやネットワーク設計を、いわゆる「専門的な情報技術」とするのであれば、別に高校で教える必要性はないと思うよ。特に後者の内容は、SI や SE の分野だろうしね。逆に、マウス操作や文書作成・表計算レベルであれば小学校でも良いだろうし、逆に教えなくとも勝手に学んでくれるとも思う。まぁ文書作成のためには最低限の「作文能力」が必要だし、表計算を利用するには、最低でも「算術演算」ができないといけないけど・・・。
ただ、教科「情報」の教科書をみてみると、必ずしもそういった内容を教えようとしているわけではないのよね。特に、専門教科「情報」よりも普通教科「情報」の方が、他の総合教科との連携上、重要になる部分なんじゃないかなぁと思う。
本当の意味での「情報リテラシ」を身につけてもらえれば、「ネットからの引用オンリーのレポートしか書けない大学生」や「情報元がグーグルとブログしかないサラリーマン」がメディアで取りあげられなくて済むんじゃないかな、という皮肉も言いたくなる。
僕は、『「情報科」を廃止する』というのには、基本的に反対ですね。理由は、上記のとおり、必ずしも教科「情報」がパソコンリテラシを習得する目的のものではないという視点からも反対だけど、高度情報化の中で子どもたちがインターネットから悪影響しか受けてないという指摘にも応える必要があるんじゃないのかなと言う視点からも反対です。そういう指摘に応えるためには、教育機関の方で「情報のさばきかた」を教えていく必要があるんじゃないのかな?と。
大してことは書いてないけど…
あと1年くらいは、最西端に生息してますね。。。絶滅の危機にありますが;^x^)
実際のところ、この分野は、見聞の範囲くらいしか解らないけど、
情報科というものは、存在すべきということには、大いに賛成です。
情報の善悪の判断は、単に操作方法を教えるだけでは、習得できるものではないよね。そういった意味で、リーマンや学生レポでサイトのコピペしたものが当たり前になっているような世論だけど。これは、逆に言えばネットの普及とかで便利になって人々の生活の豊かさの弊害めいたものではあると思うけど。
その中で、情報操作によって人生変わったりするとか、根幹には深い要素が詰まっているにも拘らず、若年者(もち小学生とかね)が安易にこうした情報の場とかに足を踏み入れて、大変なことになる。等々に対して、学問的なことだけでなくて、人として信用しますか?といった内容の言わば、人生教育の一環としても情報ということを教わる必要性があるよね。
中学生のゲームソフトの転売とかは著作権に違反するんよとか、先日のだと小学校教師が、事故写真を貼りまくるとか…
その意味では、英語を小学校からやるよりは、情報の内容や背景などを総合科目とかで教えていく必要性もあるんだろうね。
本当は、悪影響を受けるようならば、家庭で対応するのが正解なんだろうけど、I氏の発言内容にもあるように変に情報に特化した人たちが、子供たちに教えれるのかな??って思うし。人によって、情報の扱い方って違うわけだし、一定の規律や基準を身につけさせるためには、ゆとり教育の見直しと共に、その体制を教育の場で十分に提供できる環境整備を関連省庁の方にやってもらいたいですね。
当分先だろうけど、将来自分の子供たちに汚点を残したくないし。。。